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ある日本兵について

先日、ネットサーフィンをしていたとき、ある一人の「日本兵」のことを知りました。


旧陸軍中将の「洪思翊」(ほん・さいく)氏です。
彼は、朝鮮出身の志願兵でありながら自力で中将に上り詰めた軍人です。エリート校だった陸軍大学校を卒業し中将まで栄進したといいます。終戦時には、南方軍総司令部の兵站総監をつとめ、戦後のマニラ軍事裁判で捕虜虐待罪で絞首刑に処せられ刑死しました。
そして彼は、自らの処分(絞首刑)を聞かされたあと、「絞首合格(甲種合格にかけた)だったよ」と最後残し、絞首台に向かったそうです。
しかしこれらの軍事裁判は、証拠や資料も十分ではなく「でっち上げ」だったという声も聞かれます。

一見、我々から見れば素晴らしい彼ですが、故郷朝鮮では、ご遺族が「親日派(チンイルパ)」「売国奴(朝鮮から見て)」などと罵倒対象とされてしまったそうです。
長男の洪国善氏は、早稲田大を卒業し朝鮮銀行に勤務していましたが、当時の李承晩韓国大統領の命令で一切の役職から追放されてしまいます。

彼は、日本軍人でありながら朝鮮人としての誇りも忘れはいませんでした。
創氏改名に最後まで拒否し、朝鮮人名を貫いたそうです。しかしこれは、強制とされる創氏改名が強制ではなく自主的だったという明確な証拠を彼が残してくれました。
そして彼がまだ大尉であったころ、前述した長男の洪国善が近所の悪童から「チョーセン、チョーセン」とからかわれたとき、大英帝国に虐げられても誇りを失わないアイルランド人の例をひき、「どんなときでも必ず『私は朝鮮人の洪国善です』とはっきり言いなさい。決して『朝鮮人の』を略してはいけない」と諭したそうです。

創氏改名を最後まで拒否し、朝鮮人としてのアイデンティティを忘れなかった彼。
現在、日本で多く暮らす在日コリアンたちにも聞かせてあげたい話ではあります。

テーマ:歴史 - ジャンル:政治・経済

  1. 2010/07/18(日) 12:48:50|
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